第十章 リーダーにとって不可欠な知識
㉕今の仕事にベストをつくす -道はおのずからひらける不思議-
優秀なリーダーほど、出世などは考えず、与えられた今の仕事に打ちこみ、さらに、まかせによる余力を活用して、上司の補佐につとめるものである。
いまの仕事にベストをつくして努力している姿は、まことに崇高なものであり、見る人々の胸を打つ。それが評判となり、上部にも伝わって評価となり、その人物を抜擢する要因となる。その仕事の中には当然補佐も入っている。非力な、時としてバランスを欠く上司を、陰にまわってサポートし、カバーしている真摯な努力は、見る人はちゃんと見ており、多数の人がいても、光って見えるから、すぐにわかるものである。
一人、二人でなく、何人もの人たちが「あのリーダーは立派だ、感心だ」とクチコミで話をひろげていくと、その声はとても高くなっていく。
東京本社の人事部に、どうして地方工場のリーダーのことがわかるのだろうと不思議がる人もいるが、かえって増幅して伝わるから、よくわかるのである。
こうして地味な努力の積重ねにより、道は自然にひらけてくる。そしてそういう人がいつの間にかトップまで登りつめることを心に刻んでいてほしい。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
㉔軍隊型からスポーツチーム型へ -自主性尊重で大きく変わる-
組織の典型あるいは源流は軍隊である。指示命令を中心としたピラミッド型の組織で、階級制がはっきりし、命令服従、滅私奉公という考え方になる。確かに、生死を賭けた戦争になると、こういうシステムでないと戦えないであろう。
しかし、平和な時の、しかも民間の企業では、こうした軍隊型の組織とリーダーシップでは窮屈すぎる。とくに民主主義が浸透している社会では、軍隊型よりもスポーツチーム型の組織とリーダーシップが望ましい。
スポーツのチームでは、みな平等のメンバーであり、リーダーがいて指示はするが、強制命令ではない。みながルールを守り、納得してリーダーの作戦やコーチに従うのである。命令服従でなく、説得と納得、滅私奉公でなく活私奉公(?)である。
自主性、自発性を尊重し、型にはめるのではなく個性を活かし、フレキシブルなチームワークでプレイするから、すばらしい相乗効果が生まれる。
緊急事態の場合は軍隊式の命令で行動しなければならないが、これは例外で、普段はスポーツチーム型のリーダーシップとチームワークで行動するのがベストといえよう。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
㉓リーダーの人間観をレベルアップ -X理論からY理論へ-
リーダーは人間をリードする立場にある以上、どういう人間観をもっているかが、すこぶる重要になる。
もし、孟子のいう性悪説、ヨーロッパ流にいえばX理論に立つとすると、人間は油断するとすぐ悪いことをし、サボるから、きびしく監視し、規則で縛り、おどしながら使うにかぎるということになる。しかしこれでは、職場は暗いムードになり、お互いに密告を怖れ、相互不信になってしまう。
これに対し、性善説、Y理論に立てば、人の本性は善であり、良いものを引き出し伸ばせばどこまでも成長するし、信じてまかせればすばらしい仕事をしてくれると考える。
少数のエリートが支配し、指示命令するよりも、衆智を集め、それぞれの知恵を借りたほうが、ずっと良い仕事ができる。民主主義、人権尊重、言論の自由、まかせのマネジメントになる。この方がずっと明るいし、楽しいし、のびのびとしたムードになる。
多くはこの中間で、半信半疑、どっちつかずになりやすいが、リーダーはできるだけ努力してY理論的リーダーシップを発揮してほしいものである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
㉒心身のバランスが健康の大前提 -幸福の体操で気分を一新-
現代は、環境も良くなり、食べ物にも不自由しなくなったにもかかわらず、かえって新しい形の病気がたくさん発生し、不健康になっている人が意外に多いものである。
病気は文字通り気の病いであり、精神的な原因で身体に不調が生まれる場合がすこぶる多く、心身のバランスを回復させることにより病気の70%は治癒できるとさえいわれるほどである。したがってリーダーは医者ではなくても、指導によって気の病を軽くしたり、治したりすることができる。
一つはプラス暗示であり、何事も良いように解釈し、前向きの考え方を持つようにすること。励ましのことば、ほめことば、力強いハッパといったものが、とても効果がある。
もう一つは、意志の力で肉体をコントロールすることによって、心のふさぎ虫を追い出す方法である。
フランスの哲学者アランが「幸福論」の中で教えた「幸福の体操」はその典型である。悲しい時にうつむくと、もっと悲しくなる。逆に胸を張り、眼を上に向け、大手をひろげて深く深呼吸すると気分が晴れ、元気になり幸福な気持になれるというのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
㉑賃金についての二つのとらえ方 -金銭給と生きがい給の合計-
日本は社長と新入社員との給料の差が10倍もないという、世界で最も平等性の高い国である。日本は見方によれば世界で最も進んだ共産主義国だといわれるゆえんである。
社長が10倍もないのだから、ミドル・マネジャーとしてのリーダーの給与は3倍にもならない。だから金銭給は、その人の能力や貢献度をあらわすと考えるのは間違いである。これは生活のレベルを辛うじて差をつけていると考えれば納得がいく。
すると、給料は、こうした金銭給だけではないと思わざるをえない。金銭給は有形で、有限で他律的であり、額も少ない。これに対して精神的な「生きがい給」とでもいうべきものがあると考えないとソロバンが合わない。生きがい給は反対に、無形で、無限で、自律的であり、自分の努力でいくらでも増やすことができる。
一人ひとりの給料は、この無形の生きがい給と有形の金銭給を合計したものと考えたい。やりがいの乏しい仕事は当然給料は高くなり、やりがいのある仕事をしている人の金銭給は相対的に少なくなる。これで社会的にバランスがとれ、うまくいくのである。そして、その反対となった時、社会不安が生まれ、世の中が乱れるのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑳時短の半面は24時間勤務 -密度の高いフル操業でリード-
世界一高い人件費、世界有数の高い家賃・土地代、税金、世界一割高なエネルギー代を払いながら、労働時間を短縮しつつ、経営を発展させ、利益を増大するには、生半可なことではダメであるということは誰でもよくわかることである。
そのためには一人ひとりが密度の高い仕事をし、頭脳は24時間フルに活用することが不可欠であると同時に、工場などの操業時間も24時間、休日なしの連続フル操業にする必要がある。そうしないと利益は生まれようがないからである。
オフィス部門でも、情報・金融の分野では交替勤務の24時間体制に入っている。日本が情報と金融の面で一大センターとなってきた以上、当然のことである。日本は夜でも相手は昼なのだから、サービスするには、昼夜を問わないフル稼働にならざるをえない。交通も医療もスーパーも、レストランも、すべてが24時間体制になりつつある。
個人に対する労働時間の短縮は人道的にも国際的にも進めなければならないが、そうなればなるほど、企業経営は24時間体制になっていくのである。不夜城としての工場やオフィスビルが今後ますます増えていくことは不可避の趨勢なのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑲頭脳の働きは規則で縛れない -労働時間短縮についての考え方-
いま、労基法では、週40時間への労働時間の短縮を進めているが、時短は経済大国日本にとって世界中から求められている今後の最大の課題である。
日本の労働者は西ドイツの労働者に比べて、のべ一ヶ月分余分に働いているというのだから、働きすぎ、儲けすぎと批判されるのもやむをえないところで、先進国としては時短は不可避の課題だ。しかし、ここでよく考えなければならないことは、労働時間の短縮とは「拘束労働時間」の短縮であり、手足の労働についていっているということである。
ところが、頭脳を用いて働くことが、人間の主要な仕事となり、手足の労働は、ロボットやオートメーションに大幅にゆだねる時代になってくると、話は違ってくる。
人間の頭脳はコンピュータと同じく、問題をインプットすると、答が出るまで働いている。無意識の領域で休みなく、昼夜を問わず働いている。まさにスーパー・ウルトラ・バイオ・コンピュータである。
つまり、頭脳の働きは規則で縛ることはできず、時短は意味をなさないことになる。労働時間の短縮は逆に、考える頭脳の活動を無限大にすることになるわけである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑱管理とは計画的に仕事をすること -パイプ役としてのマネジャー-
「管理」というのは不幸なことばで、管理社会という自由のない社会、管理する・されるとなると、人間の自由を奪い、奪われるという話になる。これはQCを品質管理と訳したことからくる誤解で、Cすなわちコントロール=管理と考えられてしまったのである。
しかし、管理はもともとコントロールではなくマネジメントである。
マネジメントとは人間の自由を奪うことではもちろんなく、計画的に仕事をすることである。品質管理は品質を統制するのではなく、あらかじめ計画的に定められた、規格・品質標準に合うようにものを作ることである。規格・標準を計画的に、みっちり検討して作り上げることにより、マネジメントは高度なものとなるのである。
日本語(漢字)の「管理」には別の意味もある。管理の「管」はパイプを意味する。経営者と部下とを結びつける情報のパイプ役である。
トップの考えをかみ砕いて下に流し、下からの声がトップに受け入れられやすいように、加工し、味つけをするのがパイプ役としての管理者の仕事なのである。つまりコミュニケーションにすぐれているリーダーである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑰ユーザーの利益のために活動する -自社の利益はその努力の結果-
経済活動をする経営にとって、何より重要なのは「利益」であるが、これまた仏教の用語なのである。正しくは「リエキ」でなくて「リヤク」と読む。
「益」とは、なんと「成仏」という意味であり、したがって「利益」とは成仏を助けるということになる。金儲けとはひどくかけ離れている。
しかし、お客様の利益、すなわち御利益になることを一生懸命やると、その結果としてこちらに利益がもたらされると考えると、筋が通ってくる。
すなわち、自分の利益ばかり考えると、かえって儲からないのである。お客様の御利益への貢献努力が原因となり、結果としてこちらに利益が恵まれるのである。これはまさに因果の法則にほかならない。よく考えてみると、「儲」という字も「信」と「者」の組み合わさった文字で、信ずる者は儲かると字が教えてくれている。
お客様は神様と信じ、クレームは神の声と有難く拝受して改善につとめれば、お客は会社を信用してくれるから繁昌し儲かる。社長が社員を信頼し、社員も社長を信愛すれば、チームワークがよくなり、やる気が生まれて大いに儲かるようになるのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑯組織の神経はコミュニケーション -意思統一が生む凄いパワー-
前にも述べたが、組織は裏返すとコミュニケーションであり、組織の活性化は、コミュニケーションの活性化にほかならない。
それには、徹底して時間をかけて話し合い、意思統一することが何よりも大切である。意思統一したグループは、相乗効果によって凄いパワーを出すようになる。
5+5+5の単なる寄せ集めグループではその力は15にしかならないが、お互いにじっくり耳を傾けあうと+が傾いて×になる。そうすると5×5×5=125となって、一ケタ上の強いパワーを生み出す。傾けることの威力、すなわち耳を傾け合って、話し合い、意思統一することが、どんなにすばらしいかをリーダーは熟知する必要がある。
したがって、どんなに忙しくても、いや忙しければ忙しいほど、万難を排して時間を作り、みんなで話しこむ機会を作り、何のために忙しいのか、どうすればこの忙しさを超克できるのかを、みんなで考えることである。
そうすれば、メンバー自身もびっくりするような相乗効果が生まれ、信じられないようなパワーによる成果をあげることができるのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑮人間関係を高める工夫 -人間は感情の動物である-
人間は感情の動物であり、理性は30%に対し感情は70%を占めていることをリーダーは十分に知っておく必要がある。ホーソン実験で、人間が感情に従ってどのような組織的な行動をするかが立証されたというのは前に述べたが(31ページ)、このテストによって生まれたのが人間関係管理(ヒューマン・リレーションズ)、略してHRである。
この人間関係は平たくいえば感情関係である。このHRをよくするには、好意関係を作りあげることである。リーダーはつとめて好意関係を強めるために、次のような工夫をすることが望まれる。
・メンバーの良い所、すぐれた所をつとめて、見出し、伸ばすようにつとめる(人間は自分の長所・美点を見出してくれる人に好意を感ずる)
・メンバーの意見やアイデアをつとめて聞き出すようにし、とくに苦労話に耳を傾けるよう努力する(人間は自分の話にじっくり傾聴する人にとても好意を持つ)
・メンバーをよく育て、信頼して、思い切って仕事をまかせる(人間はまかされるほどやる気を出す)
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑭人間の意識は一、無意識は十 -無意識の活用で二十四時間活動-
人間の心は、氷山にたとえることができる。氷山の一角ということばがあるように、氷山の海面に頭を出している部分を一とすれば、水面下に沈んでいる部分は、その七、八倍もあるといわれている。
人間の心もこれになぞらえると、意識されている部分の十倍近くが無意識領域になっている。つまり、自分によくわかっていない可能性が十倍近くもあることになる。
日常仕事をしている時は、この一の部分を使ってやっているのだが、人間の脳はウルトラ・バイオ・コンピュータだから、問題を提起すると(インプットすると)、意識の部分で考えくたびれ、忘れてしまっても、無意識の部分で引き続き考えているから、その答が出た時、突然のようにアイデアが無意識の部分から飛び出してくる。
すなわち、頭脳を二十四時間活用していることになる。エレクトロニクスの工場が二十四時間操業しているように、これからのリーダーはとりわけ頭脳を二十四時間活用し、どんどんアイデアを出すようにしたいものである。なにしろ人間の頭脳は、こうしてフル活用しているつもりでも、一生かかって一割も使いきれないそうだから……。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑬日本的リーダーシップの典型恩田杢 -人情の機微をついてお家再建-
リーダーシップにもいろいろあるが、日本的リーダーシップの典型は『日暮硯』で有名な江戸時代の松代藩(長野)の家老恩田杢(または木工)の指導であろう。
恩田杢は危機に瀕した藩の財政を建て直すために、当時としては画期的な指導を次々に実施して見事に大任を果たし、あまりのすばらしさに『日暮硯』という本にまとめられ、日本的マネジメントの典型としてアメリカでも、日本研究の絶好の文献とされた。
ここではくわしく述べることはできないが、恩田杢は死を覚悟し、妻子と離別し、親戚と縁を切り、使用人を解雇して、本人は一汁一菜の質素きわまる生活をした。
しかし、農民には、年貢を納めたあとは、ぜいたくや、歌舞音曲に親しみ、楽しく生活するよう勧めた。また藩政にたずさわる武士に対しては、きびしい規律を課し、汚職は厳罰に処するとともに、能力による抜擢、何事も相談しつつ進め、功労には厚く報いた。
いってみれば、あたりまえのリーダーシップともいえるが、みずからにきびしく、価値を生む人々を尊重し、権力を持つ者の自戒を求めるという基本を厳正に貫いた人情の機微を熟知したリーダーシップなのであった。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑫二次元によるリーダーシップの分析 -マグレガー説とPM理論-
リーダーシップのレベルを判定する時に、二次元のグラフを用いる場合がある。縦軸に人間尊重、横軸に仕事中心と置いて、目盛りを一から九までの格子状グラフにする。
そうすると九・九がベストになり、一・一がワースト、五・五が平均、平凡となる。一・九だと仕事偏重、人間無視、九・一だと人間は大切にするが仕事はダメで、ともにリーダーとしては落第と判定するのである。
これはマグレガーという行動科学者の提唱する判定法である。
これをさらに単純にしたのが京大の三隅二不二教授の提唱するPM理論である。これはマトリックスを田の字のような四つのマスにし、縦軸をMすなわちMaintenance(人間関係の維持)とし、横軸をPすなわちPerfornance(仕事の遂行)とする。強は大文字、弱を小文字であらわすとベストはPM、ワーストはpm、偏向はPmまたはpMであらわされる。これもPMになるよう努力しようということになる。
リーダーシップを二次元であらわすのは、わかりやすいが、単純すぎるという批判もある。リーダーシップはもっと多元的で複雑なものだという考えもあるのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑪リーダーシップはリッスンに始まる -リーダーシップの知識ABC-
ここで「リーダーシップ」に関する考え方のいくつかを紹介してみることにしよう。
アメリカのピゴース教授は、経営研修において、次のようないい方で、リーダーシップの内容を説明しているとのことである。
リーダーシップ(Leadership)ということばのうち、リーダーという字のアルファベットには次のような意味があり、それぞれリーダーのなすべきことを表わしているという。
・L……Listen…傾聴する
・E……Educate…教える
・A……Assist…援助する
・D……Discuss…話しあう
・E……Evaluate…評価する
・R……Response…答える、責任を取る
そしてLがいちばん先にあるのだから、リーダーシップはリッスンに始まる。すなわちメンバーの意見・提案・苦情をじっくり聞くことが一番大切だと教えるのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑩性的な相談までされれば超ベテラン -結婚斡旋から夫婦別れの仲裁まで-
リーダーはメンバーからいろいろ相談されるようになれば一人前だが、中でも下半身に関係のある相談をされるようになればベテランといわれる。
若い人の中には、奔放なセックス・ライフを謳歌している者も多いが、半面、ガールフレンドやボーイフレンドに恵まれず、淋しい思いをしている者も少なくない。
中にはスポーツ・クラブの屈強な若者がセックスについて暗く未経験で、デートにあたって、リーダーに相談に来たりすることがあるという。まさかと思って、よく聞いてみると、まったく未経験であることがわかり、懇切ていねいに指導したという話がある。
また、結婚したメンバーが夫婦生活の悩みを打ち明け、指導を求めることがある。これも、セックスの無知が原因となっていることが珍しくない。
これだけ情報が氾濫し、えげつないほどのセックス記事が雑誌に載ったりしているのに意外と思われるであろうが、マザーコンプレックスで過保護に育った男性の中には、びっくりするほどセックスに無知な人物がいるものである。こういう相談しにくい話をもちかけられるようになれば大したものといえよう。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑨ストレス解消のメンタルヘルス -悩みは人に話すと半減する-
時代が激変し、価値観も大きくかわり、能力主義に移行するにともなって、リーダーやメンバーの中には、それについていけず、ストレスを蓄積してしまう者が出てくる。
ひどい人はウツ病、ノイローゼになり、精神医の治療を必要とするまでになるが、そこまでひどくならないまでも、かなり精神的に参っている人は珍しくない。
こういう人たちを、立ち直らせる方法の一つに「メンタルヘルス」がある。これは「心の健康管理」である。その方法で、もっとも簡単、かつ効果のあるものは、その悩みに、親身になって耳を傾けることである。「悩みは人に話すことにより半減し、喜びは人に話すことにより倍加する」という心理学の金言もあるほどだ。
親身になって、熱心に、たっぷり時間を作って耳を傾ければ、その悩みは半減するというのだから、リーダーは万難を排し、最優先で機会を作るべきである。
その時の座り方も、向い合うのでなく、90度の角度で座るか、ベンチに並んで座るような形がいい。こういう座り方をすると、とても話がしやすくなる。このような気配りがメンバーを蘇生させるのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑧就業規則は労働者を守るもの -労組がなくても守られている-
労働基準法には労働者を使用するにあたって使用者が守るべき規定が細かく定められているが、各社の就業規則・執務規定はこの労基法を十分考慮して作成されている。
もし、労基法と就業規則に矛盾があれば、労基法が優先することはいうまでもない。
これを逆に考えれば、就業規則は労基法を十分にとり入れているのだから、就業規則は労働者を保護する規則と考えることができる。就業規則は、人間を拘束するわずらわしい法規と考えるのは間違いである。労働組合法はあっても、労組を必ず作らねばならぬということではない。したがって、全企業のうち労組が作られているのは二割程度である。
しかし、労組はなくても、就業規則をきちんと守っていれば、労働者が不当に働かされたり、解雇されることはない。就業規則は各地にある労働基準監督署の指導の下に作られているので、問い合わせればいろいろアドバイスしてもらえる。
リーダーはこの就業規則の持つ意味をメンバーによく教える必要がある。そして就業規則の一項ごとにていねいに説明し、それがどのように労働者を保護しているかを理解させる任務がある。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑦労働法は市民法に優先する -労働法規の知識ABC-
法治国である日本では、すべてのことが法律をベースに進められている。とくに民主主義国としての日本では市民法とりわけ民法が市民生活の中心になっている。
ところが例外的にこの市民法に優先した力を持つ法律がある。これが労働法である。
この労働法は、いわば市民法と最高法規である憲法の中間に位置する法律なのである。労働者としての部下を持つリーダーは、この労働法については基本的な知識を持つのは義務といえよう。
労働法に属する法律はたくさんあるが、中でも労働三法と呼ばれる労働基準法、労働組合法、労働関係調整法が大切で、リーダーにとっては労働基準法の学習がもっとも重要である。これら労働法は、使用者に対して労働者が経済的な弱者の立場に立っているという憲法の認識の下に、労働者の生活を保護するために必要な限度で市民法を修正した「保護法」なのである。
しかし、時代とともに保護の内容が変わり、修正が重ねられており、とりわけ女性の保護規定は大幅に改正されてきている。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑥経済は人助け、経営は人づくり -経営についての知識ABC-
ことばにはみな由来がある。とくに翻訳されたことばは、元の意味が正しく伝えられているかどうか吟味しなければならないのだが、普通人にはむずかしいことで、元の意味を知らずに使っていることが多い。
そこで経営用語について、若干解説を試みることにしよう。
明治の先輩たちは鎖国が終わって西欧の文化文明の導入に大変な努力をしたが、外国語を翻訳するのに適切な日本語がなく、多くを万巻の仏教経典からことばを借用したらしい。このため、仏教語が経営用語の中にもたくさん入ることになった。
たとえば「経済」は「経世済民」を縮めたことばで、「済民」は「民を救済する」という意味だから、「経済」は単なる金儲けではなく「人助け」でなければならないことになる。
また「経営」はタテ糸をつなぎ続けるという意味から、作物を収穫して種子をとり、再び蒔いて新しい収穫を得ることを意味するようになった。これを人になぞらえると「人づくりの継続」ということになる。「経営」とは本来「人づくり」のことだったのである。こういう風にみていくと、堅い専門語もぐっと親しみ深いものになってくる。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
⑤「的」のつくあいまい語は使わない -きめつけ言葉はおおむね怪しい-
ことばには、抽象語とともに、あいまい語が少なくない。学歴の高い人ほど漢語、外国語とともに、抽象語、あいまい語を使いたがる傾向がある。これに対し、庶民は、やまとことば、方言、俗語、スラング、感覚的なことばを使うものである。
だからエリート(選ばれた人)としてのリーダーは、なるべくパートやアルバイトの人にまでわかってもらうためには、抽象語やあいまい語は使わないようにした方がいい。
「具体的」「抽象的」「一般的」「基本的」といったことばは、この本でもかなり使っているが「…的」というのは大体抽象的なあいまい語になりやすい。「科学的」「民主的」「平和的」「独自的」といったことばもくわしく実例で具体化しなければ、怪しげな総括用語に終わってしまう。
たとえば、「大至急」というより「午後三時までに大至急」といった方がわかりやすいし、間違いは少なくなる。
「だいたい」「おおむね」「一般的に」ということばは私もよく使って反省しているが、なるべく使わない方がいいのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
④具体化するほど話はまとまる -抽象のハシゴを降りていく-
話し合い、話しこみは、時間をかければよいというものではない。話が合わなければ時間のムダになる。話が合わないのは、相互理解が進まないためだが、その理由の多くはことばが空回りしていることからくる。
ことばの空転は、おおむね抽象的なことばのやりとりから生まれる。ポーランドのコージブスキーの発見した意味論の考え方によると、ことばは抽象化するほど非現実的となり、話が合わなくなる。逆に抽象のハシゴを降り、具体化するほど合意に達しやすいという。
具体化とは、例をあげ、数字をあげ、日常用語を用い、わかりにくい所は繰り返す等の努力である。話の中で「それは例をあげるとどうなるのかな」と相手に求めるといい。話が上手で、わかりやすい人ほど例のあげ方がうまい。
「人を見て法を説け」とは相手のレベルに合わせて、具体例をあげ、わかりやすく話せということである。相手のよく知っている、なじみ深い例をあげて話すと、よくわかってもらえる。そのためには、ふだんから相手がどんなことや物や人に関心を持っているかを調べておくだけの準備、努力が要るのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
③グループと離れては生きられぬ人間 -組織についての知識ABC-
人間は一人では生きられない、グループと離れては生存しえないということを、リーダーはメンバーに折にふれて教えるようにしたい。
人間不信におちいって孤立している人でもまったく一人で生きることは不可能である。有名なロビンソン・クルーソーでも、結局誰かが作ってくれた道具や武器があったからこそ生きることができたのである。誰かが作ってくれた食物なしには人は生きられない。人間不信ならジュースも缶詰も薬も安心して口にすることはできない。誰かが毒やゴミを入れたのではないかと疑えば、他人の作ったものを口に入れることはできなくなる。
また、誰が設計したのか、誰が作ったのか、誰が整備しているのか、誰が操縦しているのかわからない航空機など、安心して乗ることはできなくなってしまう。
つまり、人間不信といっている人でも、やはり人の善意、人の努力、人の貢献を信じないでは生きることはできないのである。
人は生きるのではなく、生かされているのだ、多くの人々の努力のおかげで生きていけるのだという感謝の気持が、人間生活にとっては不可欠の心がまえなのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
②人間は「無我執」によって救われる -とらわれぬ心が自由をもたらす-
もっとも短いお経でしかも仏教の神髄を伝えているとされる般若心経では「とらわれず、かたよらず、こだわらず」が人間の迷いを去る基本だと教える。
そのとらわれの最たるものが、自分へのとらわれ、すなわち「我執」である。我執こそすべての煩悩のもとなのである。ひとりよがり、わがまま、自己中心、エゴイズムはその人を孤立させ、人間の集団から忌避される。
人生相談に訪れたり、投書したりする人のすべてが自己中心的であると、永年の人生相談のベテランが述懐しているのを聞いたことがある。すべての悩み事が自己中心から発しているというのである。
したがって、この我執から離脱すること、無我執、略して〝無我こそ救いと安心の基本〟ということになる。
無我執に続いて無所有にまで踏み切ると、人間はもっとしあわせになれる。「無一物中無尽蔵」である。人間は無一物で生まれ、死ぬ時は何一つあの世に持っていけないのだから、物や金にとらわれて悩むのはまことに愚かということになるのである。
第十章 リーダーにとって不可欠な知識
①人間の「間」は「めぐりあわせ」 -人間についての知識ABC-
この章ではリーダーのための基礎的な知識をダイジェスト風に記述してみたい。
はじめは人間についての知識のABCである。
まずわれわれは日常何気なく人間ということばを使っているが、人間ということばについて深く考えることはほとんどない。
よく考えるとわれわれの生存について不可欠なものには「間」という字がついているのに気がついてびっくりする。時間・空間・仲間・世間、そして人間である。
だから、「間」についてよくわからないと「間違い」になったり「間抜け」といわれたりすることになる。「間」とは大きな辞典をひもといてみると「めぐりあわせ」とか「結び合わせ」という意味があることがわかる。人と人との結び合わせ、すなわち「縁」の大切さがわかってはじめて真人間になることができるのである。
これでおわかりのように、人間ということばは仏教的な考えから生まれたものである。仏教の基本に「諸法無我」ということばがある。これは人は一人では生きられない、みんなとの深い縁を悟って、はじめて人間は生きられるのだと教えてくれているのである。
第九章 リーダーの自己啓発・相互啓発
⑲終りなき生涯学習の時代 -レジャーの本質は自己完成にあり-
ユネスコが主唱しているように、現代人は好むと好まざるとにかかわらず、生涯学習をしなければならない時代となった。
それは前にも述べたように、情報が幾何級数的に増えている上に、科学技術の進歩変革は激しいために、学校時代の教育だけでは五年と持たなくなってきているからである。このため、社会人になっても、それこそ定年になるまで、勉強しつづけなければならなくなったのである。もちろん、怠けることは自由であるが、それは落伍を意味し、使いものにならなくなって、社会から置きざりにされることを覚悟しなければならない。
幸いなことに、労働時間が短縮され、休日が増えるために時間はたっぷりある。また高度成長で経済力も豊かだから、学習への投資にこと欠くことは考えられない。
もともとレジャーというのはスクール(学校)ということばと語源をともにしていることばであるから、レジャーのほんとうの意味は「学ぶためのゆとり」である。かっこうよくいえば「自己完成の時間」または「自己実現の時間」である。遊ぶ歩くための時間とはいささか違うのである。
第九章 リーダーの自己啓発・相互啓発
⑱相互啓発活動のさまざまな進め方 -流行を追うより、本質を掘り下げよ-
相互啓発活動にはいろいろな進め方がある。
いちばん平凡なのが読書クラブ。みんなそれぞれ面白いと思った本を披露しあい、面白そうだから貸してくれと交換する。読書フォーラムになると、同じ本をみんなで読んで、一人が発表し、みんながそれについて意見感想を述べる。同じ本でも受け取り方の違いがわかり、大いに参考になる。映画フォーラムもこのやり方で進める。
次はテーマをきめての研究発表会、体験発表会である。時折、ゲストを招いて話を聞き懇談する。いろいろな所を見学したりしてそこで得たものを話し合うのもいい。相互啓発グループには、社内だけのメンバーによるものと、自由な仲間の寄り合いとがある。
また、経営者ばかりの集まる異業種交流会もある。私は、創造経営研究会という名で、いくつかの県で有志を集めた月一回の勉強会をやっているが、長いのはもう20年も続いている。長く続く秘訣はリーダーの交替制と、ゆるやかなルール、自由な雰囲気、そして常に新鮮で豊かな情報が得られるということであろう。会費も安く、時にはともに一泊旅行して親睦を深めるのが良いようである。
第九章 リーダーの自己啓発・相互啓発
⑰もっとも収穫の多いのは世話係 -〝人のため〟こそ自分のためになる-
自己啓発のグループを作った場合、もっとも得るところの多い人は、何といってもリーダーであり、世話係である。グループのために、会場を探し、ゲストと交渉し、連絡の手紙を出し、まとめのプリントを作るなど、時間的にも金銭的にも持ち出しが多くなる。負担のようだが、よく考えてみると、みんなのためにやることが、実はいちばん自分のためになっていることがわかってくるものである。
グループの世話係になってみると、わがままな人、エゴイスト、自己顕示欲の強い人もいれば、目立たない実力者やいろいろと気がついて協力してくれる人もあり、人間のことがよくわかるようになる。そして、人間の真価とは何かを教えられる。
また、まとめをやってみると、自分たちの学習のレベルがどのくらいかもわかってくる。まとめほど勉強になるものはない。グループのためにやっているのだが、実はいちばんためになっているのは、ほかならぬ自分であることがよくわかってくるものだ。
さらに、自分の勉強したいことを主張し、関連あるゲストを招くこともできるのだから、まさに一石三鳥四鳥の収穫があるといっていいだろう。
第九章 リーダーの自己啓発・相互啓発
⑯同志を募って相互啓発のグループ作り -学んだことの伝え合いで相乗効果-
自己啓発は一人でやるものだから、よほど強い意志を必要とする。ともすれば、くじけてしまいかねない。そこで、自己啓発を補うものとして、相互啓発を組みこむことをお勧めしたい。相互啓発とは有志を集めてやる勉強会である。
テーマは何でもよいが、月一回集まって、お互いに勉強したことを披露しあい、刺激しあってともに向上をはかることである。
相互啓発の良いところは、教えあい、学びあうことによって相乗効果が生まれる点である。これは、すでに組織のリーダーシップのところでくわしく述べた通りである。
自分のつたない研究の発表を一心に聞いてくれる仲間がいるということは、自己啓発にとってたいへんな励ましになる。次に自分の番がまわってくると思えば、下手な発表でも、真剣に聞くようになる。どうすれば仲間にわかってもらえるのかが、よく聞いているとわかってくる。自己啓発はひとりごと、堂々めぐりになりやすいが、相互啓発だと交流になるし、批判も賞賛もあるから、勉強のしがいがある。相互啓発による仲間づくりは、スポーツの仲間づくりと同じく、一生の友となるものである。
第九章 リーダーの自己啓発・相互啓発
⑮外国語をマスターする秘訣 -やはりヒアリングがすべての基本-
日本の国際化がいよいよ激しくなるにつれて、外国語を一つや二つ話せるのは、ビジネスマンとしてあたりまえとなりつつある。パソコンやワープロをマスターするのと同じ、必修のテーマとなってきたのである。
この外国語のマスター法も、基本的には日本語の話し方の上達法と同じである。つまり、聞き上手になること。英語ならヒアリングである。相手が何をいっているのかがわからなければ、文字通りお話にならない。外国語は2000時間聞くとわかるといわれている。一日10時間で200日、一時間なら2000日。これでは外国語教室に通ってもなかなか上手にならないのは当然である。だから、外国に行って半年から一年、一日中朝から晩まで、その国のことばにドップリつかるのがいちばんいいということになる。
中には、外国人のうちに下宿させてもらい自炊させる会社もある。その国のことばを身につけないと生活できないのだから、まさしく生命がけの外国語学習というわけだ。そうすれば、半年で日常会話ができるようになり、一年もすれば仕事もできるようになる。このやり方がいちばんの早道であろう。